ホワイト大手企業を目指すとこうなります

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みなさん初めまして。

このサイトは、ブログ初心者の自分が、
SNS・動画サイト等の媒体に事業を展開していき、
オンラインサロンを開いて、
気の合う仲間と共に仕事(=遊び)をしてお金を稼ぐまでの日記とメモです。

私は、新卒でホワイト大手企業の本社に4年間務めた後、
サラリーマンの不自由さを実感し退職しました。
自由な暮らしを夢見て、様々なことに挑戦中です!

私は、このブログを通じて、
スマホ・車・ホワイト大手企業・受験などなど、
私が皆様にとって、調べるまでに本当に面倒な情報をわかりやすく提供できると思っています。

私の経歴に沿って説明しますね。

・小学校時代
・中学校時代(高校受験)
・高校時代(大学受験)
・大学 (大学院 外部受験)
・大学院 (就活)
・大手企業 (サラリーマンの限界)
・ベンチャー企業

小学校時代(未成年の人生の軸を習得)

小学生の時は、結構良い成績を取っていたんです。
三段階評価でほぼオール「たいへんよくできました」でした。
おそらく、父親が自分によく言っていた、
「なんでも1番を取れ」
という言葉を素直に聞き入れて取り組んでいたからだと思います。

更に、いろいろなことに興味を持つ子供だったので、
とにかく色々な習い事をやらせてもらいました。

今思えば、子供の時から結構多忙だったようです笑

月: 体操
火: 水泳
水: アトリエ
木: 武術
金: ピアノ

学校が終わった後に、
これだけの習い事をやっていると、
友達と遊ぶ時間やゲームをする時間が確保できないんです…

そのため、
徐々に習い事が嫌いになっていきますが、
一度やりたいと言った手前、
なかなか親に切り出し辛い…

この状況が毎日毎日さらに長期間にわたって続いたことで、
「辛くても我慢して継続する力」
がかなり身に付きました。

この力が、自分の今後の人生で大きく活躍してきます。

中学時代(受験の本質を理解)

中学生になってからは学校の授業を真面目に聞かなかったので、
成績が一気に下がりました…
テスト前に勉強しても偏差値40~43とかです。
小学生の時には考えられない成績です…

なぜ成績が下がってしまったのか…

そうです、思春期特有の反抗期です笑
この時は、恋愛のことで頭がいっぱいでしたね…笑

そんなこんなでなんとなく毎日を過ごしていたのですが、
中二の夏ごろに母親から、
周りの友達が塾に行き始めたから、
そろそろ行った方がいいんじゃないの?

という言葉にちょこっとだけ焦り、
なんとなくで塾に入っておきました。

自分が入った塾には、
すでに同じ学校の同級生が10人ほどいたのですが、
ここから受験戦争が始まります。

まず初めに塾の先生に説明されたことは、
「学力は時間と共に加速度的に上昇することが証明されている」
です。

つまり、
伸びるまでが一番しんどい。
そこを乗り切れば学力はぐんと上がる。と。

後々振り返ってこの言葉を考えてみたのですが、
やはりあっているし、ここに”受験の本質”が隠されているということがわかりました。

この構造は、
2つの要素で構成されています。

① 脱落者たちによる平均の引き下げ

② 応用問題習得による得点アップ

この詳細は下記に、
酸いも甘いもすべて書いているので、
「受験を控えている人」
「資格試験を控えている人」
はぜひ一度、読んでみてください。

そんな中で、
時間が経つほどにどんどん同級生が塾を辞めていきました。

受験前日に塾で勉強をしていた時に、
ふと、塾の先生に聞いてみると、
同級生はすでに3人しか残っていないと聞き、絶句しました。

中学生の時から、
今を我慢して努力して、
未来に投資できる人が30%だということです。

その3名は、見事目標通りの学校に合格しました。
その他の7名で最初に設定した目標の学校に行けた人は、
自分が聞いた中で誰一人いませんでした。

小学生で習得した、
「辛くても我慢して継続する力」がフルに発揮された期間でした。

その結果、偏差値は爆上がりました。
・入塾前: 43
・合格校: 51

学力だけで考えると、
平均以下から一般ピーポーになることが出来た瞬間でした笑

高校時代(大学受験)

高校に入ると、
バスケなりバンドなり始めて、
趣味や遊びに没頭していたので、
授業もろくに聞いていませんでした笑

他の人もあまり授業聞いていなかったのですが、
まあ周りのレベルが高い高い…
テストでは割と良い点数を取っていくんですよ…

当たり前ですよね、
・元々頭が良い人がレベルを下げて入ったり
・元々偏差値50の人が入ったり

そんな中で、
ぎりっぎり手の届いた自分が上記のような人たちに、
着いていくことが大変なのは当たり前です。

普段勉強せずにテスト前にがっつり勉強しても、
クラスで40人中35位とかそんな感じ…

特に、現代文とかめっちゃ勉強しても、
変わったのは漢字の得点だけ…

英語なんて赤点取りました笑

つまり、
文系は明らかに向いていない…
理系教科も得意ではなかったのですが、
文系がだめなら理系で勝負するしかないと決めました。

当初は、「抽象と具体」を理解していなかったので、
具体例をとにかく解いて抽象を生み出す勉強方法だったので、
とにかく要領が悪い。人の倍の時間かかってました。

そんな中、
大人でもない子供でもないこの時代で色々考え、
この結果にたどり着きました。
「将来、大手企業に入れば一生幸せじゃん」と。

死から逆算したんです。
・死ぬときは、好きな人たちに囲まれて笑顔で死にたい
  ↓
・家族や友達を幸せにできる時間/お金/心の余裕が必要
  ↓
・ 時間/お金/心を得るためには、
  定時あがり/高給/良い雰囲気の企業に入る必要有
  ↓
・3つを満たす可能性が高いのは、ホワイト大手企業
 (まあ、今思えば違うところがありますね…)

自分の中でゴールが定まったからには、
お得意の「辛くても我慢して継続する力」を発揮させます。

大学受験も高校受験と同じでした。
みんなどんどん脱落していきました。

結果、
最底偏差値で入学した高校を、
最高偏差値で卒業しました。

同じ学年で一番偏差値の高い大学に合格しました。
後期試験の補欠合格だったのでマジのぎりでしたけど笑

でも、補欠だって主席だって、
傍から見たら同じ大学なんですよ。

社会人になって、
「どこの大学だったの?」
「主席?補欠?」
とかいう会話聞いたことないんでね笑

つまり、
何でもいいからとにかく合格すれば、
その称号が一生付きまといます。いい意味でね。

大学時代

入ってみると、
周りはめっちゃレベル高いです。
だって俺、中学時代の偏差値43だもん笑

仲良くなった人に、
高校や中学時代の偏差値聞いたのですが、
50切ってた人は、一人も見つからなかったです笑

でも、実感したんです。
このレベルまでのし上がってきたんだなと。

単位を取るためのテスト勉強は悲惨でした…
テストを乗り切るために、いろんな技を使ったことを覚えています笑

サークルに入った影響で、飲み会に行く頻度が増えるようになり、
バイトをしないと飲み会に行けなくなりました。

でも、ただバイトするだけだと時間と経験が勿体無いと考えます。

当時、自分はコミュ障だったので、
バイトでコミュ障を改善しようと考えます。

詳細は別記事で書いているので、宜しければ見てみてください。

ちなみに、
塾の個別講師をやったときには、
担当の生徒の数学の得点を 僅か1ヶ月で40点→70点まで爆上げしました。

家庭教師をやった時には、
担当の生徒の受験校に必要な偏差値+5を僅か3か月で爆上げしました。

勉強が苦手な人は、何ができないのか?
をよく理解しているので、
そこを適切な方法で教えてあげることで、
短期間で爆上げ出来ることを証明できました。

そんなこんなで、
そろそろ進路を決めるとき、
この学科の先輩たちは、
どんな”大手企業”に就職しているんだろうと調べてみました。

そして、過去の進路実績を見て、こう思ったんです。

「全然大手なくね…?」

大手に入っている人は、
それこそ主席とかそのレベルだったんです。
このままでは理想の幸せ像になれない…

やばいと感じ、
外部の大学院に受験することを考え始めます。

でもまあ、どうせ外部に行くなら、
最終学歴を聞かれたときに、

「俺? 国立の大学院」

とか言いてー!って思ったので、
国立の大学院に受験することを決意するに至りました笑

このころには、どれくらい勉強すれば受験に合格するのかを、
肌感で分かるようになっていたので、
受験勉強に1年半くれてやることを決めました。

そっからは、まあ猛勉強です!

過去の受験ですでに独学の勉強法を習得していたので、
塾とか予備校に通うよりも効率がいいと感じ、
独学で受験することにしました。

よくドラマやアニメで見かける、
机にどさっと積み上げられた参考書あるじゃないですか、
大学院受験ともなると、もうマジであの感じです。

勉強のし過ぎで過去一で病みました。
だって一日12時間とか勉強すると、
一日に発する言葉が、

「おはよう」
「いただきます」
「ごちそうさま」
「おやすみ」

こんだけです。
人と会話しないと病みますよ、本当に。

「辛くても我慢して継続する力」を極めまくった自分ですら、
本当に何度も何度も挫折しそうになりました。

今回は、とにかく国立に受かればよかったので、
3校受けました。

まず、
その中で偏差値が低めの大学院を、
滑り止めとして受験しました。
(自分からすると、全然滑り止めの偏差値じゃないんですけどね笑)

次に、手が届かないレベルの大学院を挑戦校として受験。

最後に、手が届くかどうかくらいの大学院を受験しました。

まず、滑り止めの大学院ですが、
見事に落ちました…

ここで不安がよぎります。
「もしかして、実力を見誤ったのではないか」と…

その予感が的中するかのように、
挑戦校は一次試験で不合格。

合格発表の日に電車で見に行ったんですが、
不合格の文字を見て、
まじで体調が悪くなり、
親に車で迎えに来てもらったのを覚えています。

たぶん、ストレスで発熱していました。

家に帰って、
めちゃ泣きました、死ぬほど絶望しました。

もう受験も終わって、
不合格だったら浪人か就活かで、
完全に割り切って、親友と海に遊びに行きました。

もうどうにでもなれと。

そん時に、知らない番号から電話がかかってきました。
出てみると、最後に受けた大学院の教授からです。

「いつからこれそう?」

…なにがっすか?って感じでした笑
でも瞬時に察知して、
海のど真ん中で叫びました。
受かったー!!って。今でも鮮明に覚えてます。
親友も一緒になって喜んでくれました。

今から受験や試験に挑もうと思っている人、
伝わりますかね?

受験で人生大逆転を目指すのであれば、
半端じゃない努力が必要になります。

特に、大人になればなるほど、
みんなが未来や現実を見られるようになるので、
辛いことを頑張れるようになるので、
必要な努力量は増していきます。

大学院時代

もはや、中学時代に偏差値43だった自分からすると、
国立の大学院の同級生たちは、化け物でした笑

もう超意味わかんない授業だらけです。
めっちゃ真剣に聞かないとマジで置いていかれるので、
全部の授業を本気で聞いていました。

それでも宿題の提出に翻弄されるレベルです。

更に、
いわゆるブラック研究室にあたってしまったので、
ゼミの量が尋常じゃない…
自分が担当するゼミが週に二回とかやばすぎでしょ笑

そんな中、就活が始まります。
俺の学生時代の集大成と言っても過言ではありません。
まさに本番です。

とにかく、誰もが知っている大手企業だけに絞って受けました。

・8社(とりあえず受けてみる)
・2社(本命)

すると見事に、
本命の2社だけ受かりました。

心苦しくも、片方はお断りすることになってしまったのですが、
「特に欲しい人材だった」
「君は理系だけど、希望の文系職で採用する」
「何でもするから来てくれないか」
など、恐縮ですが非常に有難いお言葉を掛けて頂きました。

就活を通じて、
企業はどういう人材を欲しがっていて、
何をもって判断しているのかがわかりました。

実は、厚生労働省が、
理想のサラリーマンが持つスキルを定めているんです。
これらのスキルを、エントリーシートや面接で判断しているんです。
もちろん、
その中にはその企業特有のスキルを判断することも含まれています。

そんなこんなで就活を無事に終えることが出来ましたが、
大学院の方がやばくなっていきます。

勉強もゼミも研究もめっちゃ頑張りますが、
どんどん置いて行かれます。

「なんでできないんだ!」と教授に罵倒される日々に嫌気がさし、
とうとう、人生初の長期休暇を取ることを決めました。
(と言っても、3か月くらいです)

そこからは、教授がめっちゃ優しくなりましたね笑
でも、そうでもしないと自分の道がなかったので。

ここで初めて、
“逃げという戦略”を覚えました。

今までは、
受験で脱落していく人たちを見て、
あー、自分に甘いな。逃げてんな。
と思って、逃げを悪と捉えていました。

ですが、ブラック研究室に入って、
この世は綺麗なことばかりではないと察し、
どんな手を使ってもやり遂げてやると思い、
逃げを戦略的にとることに決めたんです。

就職先は決まっていたので、
大学院の修士課程修了の称号が貰えればそれでよかったので。

3か月後に休暇から戻り、
なんとか修了することが出来ました。

修了式はバックレてやりましたけどね笑
後日しっかりちゃっかりと修了証は受け取りました。

大手企業時代

ブラック研究室を耐え抜いて、
日本人なら誰もが知っている大手企業に就職し、
これで幸せになれる!
と期待に胸を膨らませて入社式に向かいました。

ですが、配属された先は、
希望していない理系の業務でした。

しかも、大学と大学院で専門的に学んだ分野ではなく、
全く未知の分野でした。

当たり前ですが、
嫌い・不得意が重なった業務で結果を残すことはできず、
全然ダメでした。
使えない社員だったと思います。

そんな中、何とか希望が通り、
3年目から希望の企画職に就くことが出来ました。
不得意は変わらずですが、
嫌い→好きの業務になったので好転していきます。

そこから少しずつ、
上司の役に立てるようになっていきました。

日々過ごす中で、
圧倒的に成長できる期間を過ごすことが出来ました。

特に、発表資料の作り方や人を納得させる発表方法など、
今でも自分の宝物になっています。

ですが、
本当の意味での好きな仕事ではありませんでした。

本当は、
自分が欲しい車を自分で企画することがやりたかったのですが、
それをやる為には、
役員クラスまで出世しないといけないことがわかりました。

役員に20代や30代なんて1人もいません。
若くても50, 60代とかその年齢です。

つまり、あと30年は下積みの期間で、
残り10年がやりたいことをやれる期間になります…

もったいな!!
これほどまでに人生の無駄遣いだと思ったことはありませんね。

このままでは人生を搾取されてします。
そう思い始めました。

更に、
夜型の自分にとっては、
毎日朝起きて夜まで仕事をする。

平日5回それを繰り返して、
休日2日だけやっと遊べる。

このルーティンが自分には合っていませんでした。

せっかくの休日も、
明日から始まる5連勤に備えて休まないと、
きつい状況になってしまいます。

もっと遊びたいし、
もっと色々なことを知りたいし、
仕事をしたくてたまらない状況になりたい。

そう思いました。

そうするとまた、少しずつ心境に変化が出てきます。
「俺は一生上司のために人生の1/3以上の時間を費やすのか」と。

上司はめちゃくちゃ良い人で、
ものすごく色々なことを教えてくれましたし、
仲良くさせていただきました。
最高の上司であったことは間違いないです。

ですが、
その上司のために人生の時間を使うのかは、また別の話。

“自分のために 時間を使いたい”
そう思い始めました。

更に、遊びに全力投球できるように、
不労所得が欲しいと考えるようになりました。

この時に、理想の将来像がここで形成されました。

不労所得を得て、毎日ぐーたらしたい。
でも飲み会はがっつり参加したい。

これが理想の将来像だと思いました。

ここまでの将来像は確定したものの、
じゃあどうすればいいのかが、全く分かりませんでした。

本を読んだりネットで調べたりしましたが、
イマイチどれに取り組めばいいのかさっぱりでした…

だって、怪しい情報がわんさかあるので、
全くわかりませんでした…

こんな時に、
友人の伝手でお金持ちと出会います。

このお金持ちの人が、
これから会社を立ち上げる計画で、
夢追い人を支援することで、収益を得る構造の会社とのこと。

とりあえずこの人に着いていけば、
・もし詐欺だったとしても、少なくとも経営やお金稼ぎのスキルは身に付く。
・もし本当なら最高。

つまり、挑戦するに値するなと判断しました。

そこから転職するまでは早かったです。

ベンチャー企業時代

さて、ここで現在になります。

今は、催事という出店の事業を任されているのですが、
立ち上げから行うので、
現場にフルに入らなければいけないので、
嫌いなことに入ります。

もちろん、
将来不労所得を得る為なら、
嫌いなことでもやることを前提に行いましたが、
とにかくレッドオーシャンです。

嫌い×レッドオーシャンという、
めっちゃきつい試練を行っています。

本当は、
好きな時に
好きな人と
好きなことを
好きなだけ
やりたいんです。

「そんなこと出来るわけないじゃん」
そう思う方が大多数だと思います。

ですが、
実際その生活をしている人がいるんです。

メンタリストのDaigoさんとか
フリーランスエンジニアのりゅうけんさんとか
ブロガーのまなぶさんとか

いるんですよ、まじで。
本当に有難いなと思いました。存在してくれていて。

つまり、
“ほんの一握りしかなれない”を、
今までの人生を通して、
何度も何度も、実力で掴んできた自分にとって、
その試練は、得意分野だと確信しているからです。

そうとなったら行動に移します。

好きな時に → 不労所得が必要
好きな人と  →  馬の合う人とだけ仕事する環境が必要
好きなことを  →  自分の好きなことで稼げるようになる必要有
好きなだけ  →  スケジュールのない生活にする必要有

これをやっている人は、先ほどの3人ですね。

3人の共通点は、”発信者”であることです。

そこで決めたんです。
自分も発信者になると。

媒体は問わず、
ブログ・Twitter・Instagram・TikTok・YouTube
でとにかく発信しようと!

ここまでで、
自分が他の人より秀でているものや
他の人が経験していないものをまとめると、

・受験
・就活
・車

これら3つを最高に良いコスパで、
達成する方法を発信することに決めました。

余計な情報や必要のない情報は省いていき、
ポイントだけに絞って記事を書いているので、
ぜひ読んでみてください!

それでは!